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きょうのことば 第13集 2005上半期 The Words

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巷の風景

 ことばの使い方ひとつで、ものごとがガラリと変わる。みんなはそう言っているけど、裏を返せばこんな意味なんじゃない? キレイごとは、なし。時事世相に「忍び足、のち急襲」でせまっていきたい。
 (「きょうのことば」は、「STIJNews」のワンコーナーです。ここでは過去のバックナンバーを収録しています。)

20050626号

やるなら最後までやれ 〜日テレ「A」打ち切り〜

◆ニュースステーションを降りてしばらく充電に入った久米宏氏が、復活後初めて司会をつとめた番組「A」(日本テレビ系列)が6月26日放送分をもって打ち切りになった。

◆氏が企画をテレビ局に持ち込んで放送してみたものの、大河ドラマや他局のバラエティ番組に視聴率を奪われ、連日4%台の数字しか出していなかったのが理由だという。

◆「アジア諸国の話題を取り上げ、アジアから学べるところは学んでいこう」という「大義名分」と「視聴率が取れなければ番組をやる意味がない」という「ホンネ」には大きな隔たりがある。取り上げ方に穴が多過ぎて見る側の興味が醒めてしまう。
結局、数字取りしか興味がないのだと思われても仕方がない。

◆正直、日本と周辺諸国の関係が悪い時期にこのようなコンセプトの番組を放送するのはかなり勇気がいる。自国の優位性を鼓舞することに力を注ぎ、他国を学ぼうなどと考える余裕が持てない。こうした風潮に流れているときに、少しでも他国の文化や施策が日本よりも優れていると紹介すれば反発を招く。

◆番組で取り上げていた「アジアで成功したい日本人」の姿は、「他国ならばきっと通用するに違いない」という「甘えと奢(おご)り」を見事に描いていた。他国人から教え諭される姿を見るのは確かに苦しい。チャンネルを切り替えて逃げ出したくなるのも分かる。

◆しかし、こうした風潮にある今だからこそ踏ん張ってほしかった。
みんながみんな同じ方向へ顔を向けているときに、別の方向に顔を向けること、別の方向から顔を見ることがどんなに必要か。
信念があるのなら、どんなに視聴率が低くても最後まで放送してほしかった。

◆ただ、メッセージを発信するにはあまりにも内容の詰めが甘かった。信念がなかった。
中途半端に取り上げることは、返って逆効果になる。

20050518号

捨てる前に半額以下で売れ

ケニアの環境大臣、ワンガリ=マータイ氏が日本語の「もったいない」ということばを世界に広めようとしているニュースは国内でも話題になった。

一方、私たちが生活している日常を見回すと、あらゆる「もったいない」が山積していることに気づく。
特に小売店や飲食店で賞味期限を過ぎた食品が大量に廃棄されているという事実は、先進国の中で食糧自給率の著しく低い国であるにもかかわらず当然であるとばかりに看過されている。

言うまでもなく、もったいない。

スーパーマーケットでは営業時間終了間近になると、惣菜品を中心に「表示価格より30円引」や「表示価格より半額」などのシールを貼って値引き販売するが、スーパーマーケット以外の小売店や飲食店でも同様の値引き販売はできないものなのか。

貧乏人と笑うなかれ。
輸入に依存しておきながら食べ物を捨てまくる国に世界のイニシアティブを取ることはできない。

20050501号

「さっぱり」と「すっきり」の違い

初夏が近づくと、こうしたことばがキャッチコピーでのぼることが多い。
小学館「大辞泉」で意味を調べてみる。「さっぱり」にはこう書いてある。

不快感やわだかまりなどが消えて気持ちのよいさま。すっきり。
いやみのないさま。また、しつこくないさま
あとに何も残らないさま。

一方、「すっきり」には

わだかまりがなく、気持ちのよいさま。
また、よけいなものがないさま。さっぱり。
残るものが何もないさま。

とあり、ほぼ同じ意味として解釈されている。

しかし、「さっぱり」と「すっきり」には違いがあるのではないか。
その違いを端的にあらわしたコピーをかつてアングラ雑誌で名高い「GON!」で見たことがある。

サウナでさっぱり、ソープですっきり

もし「サウナですっきり、ソープでさっぱり」ならばどうだろうか。「ソープ」と「さっぱり」とのつながりに違和感を覚える。

「さっぱり」は表面的なわだかまりがないもの、「すっきり」は内面的なわだかまりがないものと捉えることができるのではないか。
「風呂で汗を流してさっぱりする」、「さっぱりした酢の物を食べる」といったものと、「便秘がなおってすっきりした」、「雲のないすっきりとした天気」といったものの違いである。「すっきり」には精神的な不快感まで払拭されたという意味を含んでいる。

ならばこのふたつの違いはどうだろうか。

さっぱりしたのどごし
すっきりしたのどごし

いずれもビールの広告で見かけることばだが、後者の方がコクがありそうな気がする。
これはどうだろうか。

言いたいことが言えてすっきりした
言いたいことを言ってもらってすっきりした

言った、言ってもらえた側は確かに「すっきり」するかもしれない。
しかし言われた側には、相手がすっきりした分もしくはそれ以上の不快感が残る。

「すっきり」には独善的な側面がある。

20050421号

「恋国有罪」〜それは愛国ではない〜

一連の反日破壊行動について。
「れんごくゆうざい」と読む。
一方的な思い入れで実体のない存在に耽溺し、思い込みで隣国を非難する。
そして我々が一番偉いんだという思い上がりで行動に移す。 彼らは「愛国無罪」と叫んで自らの行動を正当化しているが、こんなものは愛国でもなんでもない。
単に恋焦がれて舞い上がっているだけだ。

「恋は盲目」ということばがあるが、理性や常識を失なっているからこそ、常軌を逸した行動も平気でしてしまうのだ。
真に受けて応酬しても相手は全く受け入れない。

必要なのは「愛」なのだ、と似合わないことを言ってみたくなる。

20050413号

年間20万人から所得税と年金保険料を徴収する国民会議

厚生労働省がいわゆる「フリーター」対策のため、2005年度中に20万人を正社員にさせる目標を掲げた。実現のために厚生労働省主催の国民会議を開く予定で、国民会議議長には経団連の会長が就任する模様という。

今年の2月、NHKスペシャルで放送されたドキュメンタリー「フリーター漂流〜モノ作りの現場で〜」が大反響を招いたのは記憶に新しい(→イチ押し、ダメ出し1096に関連記事)。
しかし、今まで消耗部品のようにフリーターを使って収益を上げていた財界側が今度は「フリーターを減らせ」と言うのは何か裏があるように思える。

簡単な話、この「年間20万人正社員化目標」は、「フリーターから所得税、住民税、健康保険料、年金保険料をもれなく徴収するための施策」である。

いわゆるフリーターのほとんどが所得税を払っていない現状があり、さらには年金も未納していることが多いから、と言うが、たとえアルバイトであっても源泉徴収が可能であるし、一定の時間労働していれば、健康保険や厚生年金を適用しなければならないのは、すでに法律で決まっていることだ。

しかし「すぐ辞めるから」、「保険料や年金の折半負担がいやだから」、「事務処理が面倒だから」といろいろ理由をつけてやってこなかったのは雇用者の方ではないか。
雇う側がやるべき「当たり前のこと」をしなかったツケが今になって響いているのに、まだ「働く側が悪いから改めてやるんだ」的な姿勢でいるとは呆れる。

「正社員」ということばは、なかなか職の見つからない人にとっては魅力的に聞こえる。
しかし、惑わされてはいけない。もう終身雇用は存在しないのだ。
正社員になっても業績が悪ければすぐにクビにされる。

税・社会保険負担は従来の正社員並み
労働条件と賃金はフリーター並み

行き着く先は、これなのだ。

20050401号

これで支持率が上がるなら、弁当の一つくらい安いものだ

国家規模の『とんまつり』」こと愛・地球博(愛知万博)会場内での食事について騒々しい。

当初、会場内へは原則として食料、飲料の持ち込みを禁止し、会場内の飲食店を使うようにアナウンスが行なわれた。 (関連→会場内持ち込み禁止物。すでに改訂済。)

しかし、入場口における持ち物検査で持ち込みの弁当類が取り上げられ、結局は処分される現状が続いたほか、会場内の飲食業者だけが商売しているということで独占禁止法に触れるとの意見も出た。

それを聞きつけたのが首相。開会早々「終了時間後も飲食ができるように店を1時間延長するのが望ましい」とコメントしたことで飲食店の営業時間が延長された前例に味を占めて、今度は手製の弁当の持ち込みを許可するようにと関係者に指示したとか。さらにこのようなセリフも。

「多くの人から不満が来ている。お弁当は作るのも食べるのも楽しいし、安上がりだし、みんな望んでいる。『来る人の身になってよく検討してくれ』と言っている」
(読売新聞3月30日、Yahooニュース公開分)

「(会場内の)レストランだって行列で、食べられない。入ってみれば高いし、たいしておいしくない。そういう苦情がきてますよ」
(朝日新聞3月31日朝刊記事)

国内有数の有名店を集めたという会場内のレストランが「高くてまずい」ことを首相まで吹聴してしまった。
もともと弁当類の持ち込み禁止には理由があったはずだ。

 1.食中毒予防の観点
 2.テロ防止の観点
 3.ごみの減量化
 (裏).協賛業者の収益確保

これはこれで立派な理由であると思うが、なぜ主催者はポリシーを貫かないのだろう。
貫けないポリシーなら最初から掲げなければいい
「首相が何と言おうと、入場者の安全を守るためには最初に決めた方針を貫く」
という芯のある人が博覧会の運営関係者にはいないのだろうか。
感情や情緒で方針を変えてしまう移り気な運営態度が問題だ。

これでひとつセキュリティーホールが空いた。
そしてわれわれはひとつ「借り」を作ってしまった。

首相はきっとこう思っているに違いない。

つまらぬことで国民に反感を買うことはない。
これで支持率が上がるなら、弁当の一つくらい安いものだ。

手製の弁当は満開の桜の下でゆっくり、静かに、おいしく食べたい。
混みあった会場では食べたくない。これが私の意見だ。

憮然の破廉恥は、まだまだ続く。
許可は4月から。

20050326号

自然の叡智と憮然の破廉恥 〜愛・地球博開会式より〜

国家規模の『とんまつり』」こと愛・地球博(愛知万博)が開催された。

開会式のテレビ中継を見たが、1970年の大阪万博、1985年の科学万博以来、何も変わっていないという印象を受けた。「21世紀型の博覧会を提唱する」と触れ込みながらも結局はお祭騒ぎ。

実は会場内外でさまざまな環境対策が施されているのだが、これらはとても地味で目に見えないところに存在する。
それを見せてこそ「環境万博」の意味があるのだが、客を呼び込もうとするプロパガンダの陰で薄くなってしまっているのは残念だ。

ところで開会式で気になった光景がある。
ショーの合間に仮装をした地元小学生がほうきを持ってステージを掃除するのだが、これをアトラクションとした挙げ句、ステージを黙々とほうきで掃いている姿を大のオトナたちが楽しそうに鑑賞しているのである。

子供たちがゴミを片付けている姿がそんなに面白いのか。
そのゴミはオトナたちが出したものではないのか?
なんだか恥知らずなアトラクションではないか。

知人がこんなことを言っていた。

 開会式のステージで小学生に掃除させる意味は何だよ。
 オトナの尻拭いを未来の子供にさせるというメタファーなのか?

ここで客席や来賓席のオトナが飛び入りで掃除に参加したら、きっと状況は変わったに違いない。世代を、立場を超えて人間どうしが共助することなくして地球の未来はありえない、というメッセージを伝えられる絶好の機会だったのに。

20050226号

「TOB動物公園」のナワバリ争い

経営権を手中に入れる方法はふたつ。
ひとつは大株主相手に市場外で買いたいと言うこと。これが話題のTOB。
もうひとつは市場で株を買い続けること。
今回、守旧派は前者を選び、改革派は後者を選んだ。
ところが後者が選択した手法――証券市場で既定のルールどおりに株式を買ったこと――に対して、当事者だけでなく政界や財界が口を挟んできた。

堀江さんの『金さえあれば何でもできる』という考えは、日本社会で一番まずい話なので、道徳的におかしいと政財界から非難が出た。堀江さんも甘んじて受けないといけない 。

自らの儲けのために下請け、子会社に苦悩ばかり与えているトヨタ自動車会長で経団連会長の奥田氏は言う。

「(放送)電波は個人的な特殊な人にぽっと持って行かれちゃうイメージは日本では受けない。公共のものという意識がある」 。

放送番組の内容が気に食わないと文句をつけて内容を変えさせた政治家のいるJ民党で総務大臣の麻生氏は言う。

「カネさえあれば何でもいい、力ずくでやれるという考え方は、今の教育の成果か」

氏の言うところの「今の教育」で過ごした大学生時代、「力ずくで『やった』疑惑」が未だに残る、前首相は言う。

面白おかしくやればいいというのは違う。よそがやっているのを見ると、あまりにも狂騒曲に見える。

朝や夕方に芸能人のスキャンダルを面白おかしく横並びでやっていたフジテレビの会長、日枝氏は言う。

自分たちがやってきたことを棚に上げてよく言ったものだ。
偉くなればなるほど他人の非はよく見えるが、自分の非は見えなくなる。
しかし、

ラジオとインターネットの掲示板を同時進行にして「2ちゃんねる」みたいなことができれば面白いじゃないですか。(TBSラジオ「デイキャッチ」での発言を要約)

転換社債を発行し、高い株式を買い占めてやりたいのは「馴れ合い・レス読み・パーソナリティ不在」ばかりが目立つ「ねとらじ」なのか。ライブドア社長の堀江氏。
品位の欠ける掲示板と同じ臭いのするモノなどふたつもいらない、欲しくない。

このナワバリ争いにはまだまだビジョンが見えてこない。
「ラジオだからビジョンは見えないよ。音だけが聞こえる」という下衆な駄洒落はやめて見せてほしい。
ラジオは想像力のメディアだ。人間が想像力を失わない限り、ラジオができることはまだまだある。

20050121号

「公正中立」の「支点」〜NHK番組改変問題から〜

公正中立の支点1

一見バランスがとれているように思えても、実は「支点」がどちらかに片寄っていたりする。
マス・メディアにおける「公正中立」、それは支点がつねに一定にあるのではなく、ときの権力の動きや社会の情勢、あるいは受け手のニーズによって、支点をどちらか一方に片寄らせながら釣り合いを保つことをいう。

分かりやすくいえば、上図2が現在の朝日新聞やTBSにおけるバランスの取り方、上図3が現在のNHKや産経新聞におけるバランスの取り方。上図4など理念形に過ぎない。
ましてやNHKが上図4の状態であるというのは「迷信」にほかならない。

公正中立の支点2

しかし、支点が片寄っていることでバランスが取れているにもかかわらず、無理に支点を反対の方向に動かしたりすると、一気にバランスが崩れてさまざまな問題が噴出してしまう。

無理に支点を動かしたことによって噴出した綻びを、鬼の首を取ったかのように騒ぎ立て合ってもわれわれには対岸の火事としか思えない。

知りたいのは「事実」であり、「真実」だ。

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