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 お受験殺人事件(1)−心の風船

1999年11月27日

 「お受験殺人事件」。「火曜サスペンス劇場」や「土曜ワイド劇場」の脚本にもなりそうなことが実際に起きてしまいました。自分の子供が受けて落ちた幼稚園に知り合いの子供が受かったことを怨んで、その子供を殺した上に、遺体を埋めたという何とも残酷極まりない事件です。警察は公開捜査に踏み切りましたが、その時点で子供は亡くなっていたわけです。

 殺人・死体遺棄容疑で逮捕された被疑者は「長年の心のぶつかり合いからから犯行を起こした。それは表面的なものではなく、ことばでは言い表せない」という趣旨のことを話しているようですが、この台詞、どこかで聞いたことがあるように思います。

 積年の大怨に流血の裁きを〜学校殺しの酒鬼薔薇聖斗〜

 神戸の小学生殺害事件の加害者で受刑中の少年と、幼児殺害の被疑者。一見すると別格に考えるべきものに思えますが、根底はどこかで共通しているのではないでしょうか。

 「心の風船」というものがあるとします。
 人は誰でもこの風船を心の中に持っています。風船は嬉しさ、哀しさ、悔しさなどの感情によって膨らんでいきます。これが紙風船ならば、一度膨らんでも少しずつ空気が抜けていくのですが、夜店で見かけるアルミコーティングのビニール風船のように空気の抜けていくすき間がないと、その膨脹は歯止めがききません。

 モノとしての風船は、紙なら紙、ビニールならビニールと材質が変化することはありませんが、「心の風船」の不思議かつ厄介なところは、たとえはじめの状態がすき間だらけの紙風船だとしても、さまざまな要因で自らアルミコーティングを始めてしまうことにあります。ところが、アルミコーティングの風船というのは、凝視しない限り中身が見えません。中身が何だか分からないけれども、それでも膨らみ続ける風船は、最終的には自己爆発、もしくは針先ほどの刺激で破裂して中身が噴き出すことになります。

 問題なのは、その爆発なり破裂が他者に向けられる、という点ではないかと思います。被疑者は本当にその子供が憎くて手を掛けたのでしょうか。中学生はその小学生が憎くて手を掛けたのでしょうか。本人は「怨みがある」と言うかもしれませんが、自分が長い間怨みや妬みを持っているものを、それに関係する存在で物体化した結果ではないかと思うのです。

 いら立ちや不満があるのだけれど、それが何から起因するのだか分からない。説明すればするほど事態が複雑化してくる。でも真実を知るのは怖い。考える方法も余裕もない。だから、手っ取り早く何かのせいにしてしまう。それは「言葉で言い表せない」ということばに現れていると考えることができます。中学生や高校生がよく言う「むかつく!」にも似たものがあります。

 むかつくべき対象は別にあるにもかかわらず、関連するものにむかつきを覚える。自らかけたアルミコーティングによって、自ら中身を見ることもできなくなっているわけです。勘違いでむかつかれた方にとっては、迷惑千万としか言いようがありません。これによって生命を奪われた事件が実際に起きているわけですから。しかし、奪われた生命が戻ってくることはありません。そこで自らのむかつきの対象を知ったとしても手遅れです。

 このような事件が起こると、近所の住民の方々はこう言います。
  「ふだんはまじめでおとなしい、ごく普通の人でしたよ」
と。しかし、隣に誰が住んでいるのかもわからないような生活をしている人たちが、「あの人はおとなしくてまじめだ」となぜ言えるのでしょうか。

 評論家はこう言います。
  「なぜこうなる前に相談する相手がいなかったのか」
と。確かに相談する相手がいれば、膨脹中の風船も「ガス抜き」ができたでしょうし、コーティングのわずかな隙間から風船の中身も見えたかもしれません。
 けれども今まで「相手を蹴落としてでもいい学校に行っていい会社に入れ」、「他の物事やヒトに関心を持つことは勉強の邪魔だ」という価値観で突き進んできた世代の人たちが、他人に隙や弱みを容易にさらけ出すでしょうか。相手のことばに耳を傾けようとするでしょうか。それ以前に自分を語ることばが出るでしょうか。

 お互いが他者を見ない、見ようとしない、見せようとしない状態にあるとき、あらゆるものごとをすべての自分の基準で判断することになるでしょう。しかし、自分を見ない、見ようとしない、見せようとしない状態で自らを判断基準・行動規範にしたとき、多面的な思考能力や判断能力が困難であれば頼れる自己を持つことさえも難しくなります。
 その結果、さらに強い対象に自己を委ねて、その対象に風船を膨らませてもらうか、感情的レベルの自己を膨脹させて破裂を待つ道を歩むことになってしまうのではないかと考えられます。前者はカルト団体(セクト)に所属する人たちにありがちな傾向だといわれています。

 「心の風船のアルミコーティング化」。それは程度の差こそあれ、誰にでも起こりうるのではないでしょうか。被疑者は35歳にして爆発、中学生は14才で爆発しました。しかし、生まれた頃からアルミコーティングされた心の風船を持った子供がいたとしたら…。どのようにして爆発を阻止することができるのか…。

 おことわり:
 その後の取り調べ内容から、被疑者が犯行に到った経緯が必ずしも子供の受験に関係していないという意見があります。このコラムの冒頭では事件の概要について触れ、「事件が受験と関係している」との論調となっている上、タイトルも「お受験殺人事件」となっておりますが、執筆当時の報道内容や事件発生地域の特徴から判断しこのような概要説明となりました。
 したがって、今後の裁判の進捗等により、事件概要が変化し執筆当初の状況と異なる場合がございますが、意見の趣旨には変わりはありません。あらかじめご理解のうえお読みいただければ幸いです。(巷の風景編集担当)

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